パソコンを持って、カフェ通いの毎日。
道すがら、新緑の桜並木を見上げ、
いつも同じことを思います。
「こうでありたいなあ」
桜の幹は、年を経れば経るほど、
ざらざら、ごつごつ、がさがさ。
もう何も、吸収しないかのように見えます。
ときどき、そんな堅い幹から一輪の花がちょこんと咲くことがあって
なんとも健気だけれど、気付かない人も多い。
けれど、
母体が年老いても、
新しい枝を外へ外へ、上へ上へと伸ばしていけば、
たくさんの花を咲かせ、誰かを喜ばせてあげられる。
花びらは風に乗り、いろいろなところへ飛んでいける。
どんなに年を重ね、幹がざらざらしても、
そこから伸びた若い枝はつやつやと輝き、
みとれるほどの美しさ。
アンテナを広げ、日々、新しいことを吸収している。
素直に成長していく姿が、
この枝に象徴されているかのようです。
「こうでありたいなあ」
言葉という花を、私も咲かせ続けたい。
桜の木を見るたび、思うことです。
ジャーナリストの瀬戸川礼子でした。