きれいごとでいこう!

経営ジャーナリスト・中小企業診断士の瀬戸川礼子です。いい会社のいい話から私的なつぶやきまで、公私をつづります。

沖縄紀行0912 ~沖縄のマザーテレサ~


こんにちは。
経営ジャーナリスト・中小企業診断士の瀬戸川礼子です。

 

「沖縄のマザーテレサ」といわれる

安田未知子先生との 出会いは、

大きな財産となりました。


未知子先生は、

「精神医療を中心とした『こころの病院』をつくる」

を 理念の一つに、

「いずみ病院」、「いずみクリニック」などの施設を

25年前に開設された方です。

http://www.izumihospital1985.or.jp/index.html

 


この病院経営そのものも非常に興味深いのですが、

最も感銘を受けたのは、先生の明るさと強さでした。



先生は、あの「ひめゆり部隊」の後輩に当たる方。

若干14歳の最年少で、通っていた学校の校長と

牛島満中将との伝令を務められました。

 


私が初めて沖縄へ行ったのは数年前。

行かなくちゃ申し訳ないような気がして、

ひめゆり平和祈念資料館へ行きました。

 


壁一面に貼られた、240人の少女たちの顔写真と名前。

それを見た途端に涙が込み上げてきました。


一人一人に名前があり、

顔があり、

毎日の生活があったのだと、

ずしんとリアルに感じた瞬間は、

今でも強烈に蘇ってきます。


あの沖縄戦を生き抜いた未知子先生は、

体験の一部を、沖縄の太陽のように明るくカラッと、

聞かせてくださったのですがーー、

 


戦後65年が経とうとしている今でも、

「毎年6月の沖縄戦の慰霊の日になると  

ウツになってしまってね」

そう おっしゃいます。

 


当時、校長からの命令で、未知子先生は、

卒業生のお姉さんたちに向けて手紙を書かされました。


「親愛なるお姉さまたちが国賊と言われるのは辛い、

一緒に沖縄戦を戦ってください」と。

 


ほかの県に進学が決まっていた

お姉さんたちは続々と戻りました。

そして、多くはひめゆり部隊として動員され、

若い命が散りました。


先生があまりに明るく、

私はそのギャップに言葉もありませんでした。

透き通る笑顔の背景には、

毎年ウツになってしまうほどの暗闇があり、

それから65年もの間、心に抱えて生きて来られたのだ。


にもかかわらず、この方は、

光のほうへ、光のほうへと、

魂を奮い立たせて歩いて来られたのだと。


精神を病まれた方も

たくさんたくさんいらっしゃると思います。

仕方のないことと思います。

でも未知子先生はそうならなかった。

ヒントを知りたいと思いました。



「なぜ先生は、

その明るさを持ち得られたのですか」

簡単に言い表せないこたえであることは分かっていますが、

いくつか聞かせてくださったことがあります。

 


それは幼少期の教育です。

父が歯科医だった安田先生は

裕福な家に生まれますが、

わがままは許されず、

思いやりや優しさを重んじられました。

3人のお手伝いさんがいても、

子どもには家の仕事をさせたそうです。

 


また、家の指輪や耳飾りを盗む人が出たとき、

父は子どもたちに、こう諭したそうです。

「ないから取るんだよ」

そして、盗んだ人を店に連れていき、

好きなペンダントを買ってあげました。

 


弁論大会の話も、感心しきりでした。

未知子先生の妹は、

小学校の弁論大会で毎年連続1位を取り続けました。

あと2年でパーフェクトとなったとき、

父は言ったそうです。

「そろそろ他の人に譲りなさい。

1位は1人しかいないのだから」


信頼と尊敬という言葉が、

日常会話にいつも行き交っていたそうです。

 


性善説に基づいた人としての在り方・考え方を、

未知子先生は日々の生活の中で会得され、

それは大きな柱となって 心を支えたのではないか、、、

そんなことを感じました。

 



未知子先生のびっくり話はたくさんあるのですが、

トドメは、睡眠2時間! 

毎晩午前2~4時までしか寝ないのだそうです。

ナポレオンもビックリです。

私などは想像しただけで気絶しそう。

 


でも、先生はにこにこしておっしゃるのです。

「朝4~5時は勉強の時間。

自分だけのこの時間が楽しくて仕方ないの」

5時を過ぎると、国際電話が鳴り出します。

国内外から、

いろいろな相談が 先生のもとにやってきて、

ボランティアで応えていらっしゃるのです。



お会いしたこの日、

18時のティーパーティに始まり、

会食、2次会と、 6時間余りも、

沖縄に集ったわれわれ仲間とご一緒してくださった先生。

まったく疲れたご様子もなく、

夜中までお付き合いくださいました。

 

ピンクのジャケットがお似合いで、

髪は染めていないのに艶のある黒。

本当に若々しい大先輩です!


翌朝9時。私の携帯が鳴りました。

「おはようございます。昨日は楽しかったですね」

未知子先生でした。


なんということ! 

集った一人ひとりにお電話をくださったのです。

こちらから先にお礼をすべきなのに、

頭が下がりました。


素晴らしい人生の先輩に出会えたことに感謝です

機会をくださった方々に感謝です


経営ジャーナリスト・中小企業診断士の瀬戸川礼子でした。

 


<BOOKS>
『顧客満足の失敗学』倒産企業の学ぶ5つの要素 
「顧客満足」の失敗学 社員満足がCSを実現する! - 瀬戸川 礼子

 『女将さんのこころ その三』旅館の女将さん55人の人生哲学。
おかみ3巻の表紙-文字大.jpg