取材などでお世話になってきました
青梅慶友病院の大塚宣夫先生。
同院はいわゆる高級老人病院で、
1980年の開設から現在まで、
高品質な終の棲家を提供されています。
先日、阿川佐和子さんとの共著
『看る力』を発刊されました。
阿川さんは、父で作家の阿川弘之さんを
青梅慶友病院で看取られ、
現在は実母を家で看ている介護経験者。
大塚先生との対談で進む同書は、
介護経験のない私も、そう思う!と
うなずく箇所が満載です。
目次の一部
1 好物は喉につまらない
2 医療より介護、介護より生活
3 赤ちゃん言葉は使わない
4 バカにしない、怒らない、どがめない
5 介護は長期戦と心得よ
6 後ろめたさを持つ
7 イライラしたら笑っちゃおう
8 介護にトラブルはつきもの
9 認知症でも一人暮らしを
10 孤独死で何が悪い
11 施設に預けるのは親不孝ではない
12 愛情だけではうまくいかない
・ ・ ・
30 そこで働く人を見て施設を選ぶ
計30のお話がユーモアとともに語られています。
以前、このブログで大塚先生のご著書を
紹介した際にも書きましたが、
私はやっぱり 「孤独死で何が悪い」に特に目がいきます。
もちろん自分の親はそうならないようにするつもりですが
大塚先生が言われる、
「人のいるところでなきゃ、死んではいけないのか」 という言葉はごもっともです。
例えば、うっかり者の私が出張先かなんかで
頭を打っちゃって、打ちどころが悪くて死んてしまったら、
孤独死だと言われてしまうの?
それはも~ 冗談じゃないです。
私はそのとき一人だったのかもしれませんが、
孤独な人生だったわけではありません。
孤独死だなんて言う人がいたら、
化けて出ちゃうぞ。
同じように、高齢者が一人で亡くなったことを
孤独死と決めつけるのは失礼じゃないかと思います。
最後まで一人で生きた人は立派です。
本人が孤独だと言うなら、そうなんでしょうけれど、
他人が決め付けるのは尊厳の冒涜なのでは?
もう一つだけ別の話題を紹介します。
女性は家事ができるけれど、
問題なのはできない男性なのだと。
「家事ができる男は長持ちする」(p119)で阿川さんは、
こんな話をされています。
奥様が亡くなった男性が、
「朝、コーヒーを飲んだあとのカップをテーブルのうえに
置いておくと、夜になってもそのままになっている。
それを見ると悲しくて、空しくて」
と嘆いている。
それを聞いてほかの人は
「お気の毒に…」と言っていたけれど、
阿川さんは心の中で
「自分で洗えばいいんじゃないか!」と思っていたと(笑)。
ほんとそう (≧∀≦)
私は思うのですが、どんなときも、
自分をかわいそうな犠牲者だと捉えてはいかん。
かと言って、ポジティブ論を掲げるつもりもなく、
そうなったらそうなったで、状況を受け入れ、
新しい生き方を見つけていくのがいいのでは。
さて、大塚先生は、男性女性に限らず、
「高齢者の最終目的は一人暮らしです」と。
人の役に立つため、
老化を加速させないためにも。
さらに、どの施設に入るかは、
「そこで働く人を見て選ぶ」ことが大切と。
辛そうに働いているか、楽しそうに働いているか。
五感でとらえるこの視点、とても大事ですね。
私も日頃の取材でこの感覚、大事にしています。
同書は、暗くて脅迫的な内容ではなく、
楽しく読めるのも魅力だと思います。
ということで本のご紹介でした。
人生の折り返し地点を過ぎているに違いない 瀬戸川礼子でした
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